先進国の中でも抜きん出て高齢化が進んでいる日本。老いを迎えるにあたって、病院ではなく自宅で自分らしい時間を過ごしたいと希望する高齢者の方が増えるにしたがいニーズが高まっているのが、訪問看護ステーションのお仕事です。
訪問看護の仕事とは、利用者の方のご自宅に直接訪問して、 バイタルチェック、服薬コントロールによる痛みの緩和、リハビリの指導、食事、清拭、洗髪、医療器具の管理など、主治医の指示のもと、利用者のニーズに合った看護サービスを提供することです。ご家族から生活上の相談を受けることもあります。
大規模な病院で働いていると、患者さんの入れ替わりが激しいため、患者さん1人1人に合った看護を提供したいと思っていても、実際には医師の指示に従って慌ただしく看護を提供している毎日、ということも少なくないでしょう。
そういった意味では、利用者の方と1対1でじっくりと向かい合い、自分が最適であると考える看護を提供できるのお仕事は、通常の病院勤務に疑問を感じている人にオススメです。また原則的に日勤のみ、土・日・祝日は休日のところが多いので、仕事と家庭をバランスよく両立させたい看護師が安心して働くことができます。
利用者の方のお宅を訪問するのは、平均して1日あたり4〜5件です。主治医からの指示はありますが、実際に利用者のお宅を訪問するのは看護師のみです。そのため、臨機応変に対応しなければならないケースも出てくるため、コミュニケーション能力だけではなく、判断力と決断力が求められます。
訪問看護ステーションは大きく分けると病院・クリニックに併設されている事業所とベネッセなどの独立系の事業所の二つのタイプがあります。従来、訪問看護ステーションで働くためには、看護師として3〜5年の臨床経験が必要とされていましたが、教育・研修体制が充実した大手の訪問看護ステーションなどでは、経験の浅い看護師も積極的に採用しています。
ステーションには、看護師が常勤換算で2.5人以上いることが必要です。それぞれのステーションは、健康管理、生活支援、看取りのケア、小児専門、難病ケアなど、得意分野を生かしながら運営されています。また、看護師だけでなく、理学療法士や作業療法士、言語聴覚士などの専門スタッフを配置し、リハビリテーションを積極的に行っているところもあります。
訪問看護ステーションの看護師が赴くのは、在宅の利用者さんのほかにも、認知症グループホームなどがあり、訪問看護師の活躍の場は広がりつつあります。
ただし、教育・研修システムが充実している一部の大手訪問看護ステーションを除いては、新卒の看護師が最初に選ぶ職場としてはあまりオススメできません。1人で利用者宅を訪問して処置を行うため、一般的に3〜5年以上の臨床経験を採用条件として求めているところがほとんどです。
このお仕事に興味を持ったのは、地元神奈川の看護専門学校に入学後、実習で接した患者さんとの出会いがきっかけです。訪問看護の実習プログラムが10日ほどあり、慢性的な疾患を複数持っていても訪問看護を利用しながら自宅療養している患者さんに出会いました。
その患者さんのケアをしているとき、「入院されている高齢者の多くは、できれば家族と多くの時間を過ごした自宅で療養したいんだなぁ」と感じました。そのときに訪問看護の重要性を改めて認識しました。
専門学校卒業後は神奈川県内の総合病院に入職、5年間勤務した後、結婚しました。夫の仕事の関係で大阪に転勤しましたが、新しい職場を探しているときに、訪問看護への想いが段々と強くなり、心機一転とこの道に踏み込みました。
幸い、自宅から通勤できる距離に訪問看護の経験がなくても、ステーションを盛り上げていく人材を募集している大手のステーションがありましたので、面接を経て入社を決意しました。
設備や備品が充実していた病院勤務とは違い、訪問看護では経済的な理由から「家にあるモノ」で対応しなければならないケースも少なくないため、最初はその状況とその場面に応じたケアができないこともありました。
ケアを行っているときは、高齢者が多いためか戦中・戦後の苦労した思い出話、孫の成長などがもっぱらの話題となります。世間話をしているときに、ふと痛みを訴えてくれることもあります。話を聞くことで利用者さんに生きがいや安心感を提供できるケアを心掛けるようにしています。
病院と違って、一人ひとりと接する時間が長くとれるのも訪問看護の魅力の一つです。病院では一度に何人かの患者さんを受け持っていたので、時間が制限されていました。訪問看護では、1人の利用者さんに対して30分〜1時間程度使うことができ、個別的なケアを提供できます。
一番印象に残っているのは、入社して最初に先輩と一緒に訪問して看取ったがんの利用者さんのことです。かねてから在宅での療養を希望していましたが、次第に衰弱していくと口から食事も取れなくなり、点滴をすることになりました。しかし、それすらも拒むようになったそうです。医師の指導や家族の心配もあり、一時入院をしていました。
その利用者さんが、自宅に戻って最初に自分のベッドで横になったときの心の底から湧き上がったような笑顔が忘れられません。治療や薬がもたらす効果とは違った気持ちの問題もあるのだなぁと感じました。それから1ヵ月後、利用者さんは家族みんなに見守られながら最後を迎えられました。
病院での最後でしたら、また違った気持ちだったかもしれませんが、こんな場面を見ると在宅の重要性と素晴らしさを実感せずにはいられませんでした。利用者さんがどのような処置・ケアを希望されるかはそれぞれですが、その意思を最大限に尊重したケアを続けていきたいと思っています。
病院では医師の指示と時間に追われながら複数の患者を担当するため、患者一人ひとりにのニーズをあった看護を提供するのは難しいのが現状です。また、一般病棟の入院基本料が低く設定されたため、採算割れを気にする病院側が、患者の病状が完全に安定しない段階で、半ば強制的に退院させた結果、後日体調を崩して再び入院してくるなど、仕事に虚しさを感じている方も少なくないでしょう。
その点、訪問看護師の仕事は、利用者とその家族とじっくり相談したうえで看護方法や方針を決定し、個別性のある看護サービスを提供することができます。病棟勤務時代は「検査データを数字を頼りに疾病ばかりみていたけど、人をみることができるようになった」という方もいらっしゃいます。
利用者と1対1で接する機会が多く、長期間にわたって人間関係を築いてゆくので、家族の一員として見てくれることもしばしば。利用者や家族から「あなたが来てくれる日をいつも楽しみにしてるよ〜」と言われるのが一番嬉しい瞬間だとか。
医師は同行しませんので、利用者の症状や状況を一番把握しているのは、直接自宅を訪問してケアを行っている訪問看護師の自分であるという思いがあります。そのため、仕事へのモチベーションも常に高い状態をキープすることができます。指示待ちではなく積極的に行動する必要があり、責任感も大きいですが、病院での勤務より大きな裁量権が与えられていますので、その分やりがいも大きいです。
在宅看護の場合、利用者の処置以外にも、各種サービスのマネージメントや調整、判断力や決断力、コミュニケーション能力が求められます。そのため、仕事の経験を積んでいくなかで、総合的な力が養われ、自己の向上にも繋がります。
医師の指示待ちではなく、自分が判断してどう処置するかを求められることが多いため、周りの同僚も常にスキル等の自己研鑽を行っており、それもいい刺激になります。
主治医からの指示を受け、寝たきりで通院が困難が病気の患者、あるいはがん末期や終末期などを迎え、人生の最後を住み慣れた自宅で過ごしたいと希望する患者に対して、自宅での看護を提供する訪問看護ステーションは、地域医療をサポートする大切な存在です。
特に、増加の一途を辿っている医療費の伸びを抑制するため、長期入院の患者ほど入院基本料が低く設定される(=病院の収入が少なくなる)「入院基本料の逓減制度」などが導入された結果、慢性期病院を退院せざるを得なくなった患者が増え、その患者や家族のケアやサポートを行う訪問看護ステーションのニーズは必然的に高まっています。
また、「自分らしい時間を過ごしたい」と自宅療養を希望する患者が増えていることも追い風となっています。このような社会的ニーズと国の医療政策により、順風満帆と思われた訪問看護ステーションでしたが、一つ大きな問題がありました。それは経験のある看護師の不足です。
病院内の看護と異なり、基本的に1人で看護を行う必要があるため、臨床経験の浅い新人の看護師では難しく、5年以上の臨床経験がある中堅の看護師が必要となっていました。
しかし、人材が不足しているのは病院も同じです。当然、看護師の獲得をめぐって病院と訪問看護ステーションとの競争が起き、大きな病院と比べて経営体力に劣る訪問看護ステーションは人材獲得の面で苦労してきました。
近年は、経営資本がしっかりした一部上場のセキュリティー会社や教育、福祉関連の企業の業界参入が相次ぎ、研修制度を充実させた事業所が増えた結果、経験の浅い看護師を採用しても、しっかり1人前の人材に育つ環境が整ってきました。
また、過酷な病棟勤務でバーンアウト(燃え尽き症候群)になったり、仕事のやりがいを見出せずに病院を辞めた看護師が、新たな職場として訪問看護ステーションを選ぶことも多くなった結果、現場の人材不足は解消されつつあります。